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2012年2月7日火曜日

永平寺 (福井県)


こちら、永平寺です。

福井県にあります。

曹洞宗の本山のひとつです。

スティーブジョブズは若かりしころ、あまりに禅に傾倒し、出家をして

永平寺へいくことすら、考えたこともあるそうです。

師である知野弘文さんにとめられて、思いとどまったとか。

もしとめられていなかったら、今のアップルはなかったかも

しれません。

永平寺では、出家までしなくとも、

かるい宿坊(体験修行)もできます。

三泊四日で一万円程度。

一泊二日のおこもり体験もあります。

英語が話せるお坊さんがいるので、外国人もOK。

座禅部屋には冷暖房完備

結構、すすんでます。

が、もちろん携帯等、没収されるとのこと。

詳細は、こちら

ちなみに、核廃棄物再処理センター「もんじゅ」の名前をつけたのが、永平寺の住職さんだとか。






知野弘文氏 - スティーブ・ジョブズの師

曹洞宗では、教えを文字に残しません。


文字や知識によらず、以心伝心で、師から弟子へと教えを伝えていきます。




なんだか、宗教がかっています。


じっさい、宗教なんですが。





そのようなわけで、スティーブジョブズは師である知野弘文氏から直接、



教えを得たものと思われます。





弘文師は、カリフォルニアの禅センターで若かりしころのジョブズと出会います。


ジョブズの結婚式をとりおこなったうえ、ネクストの宗教指導者にもなります。


2002年、弘文師は5歳の姪を助けようとして、溺死してしまいますが、


それまで、生涯にわたって、スティーブジョブズと交流をもっていました。


(知野弘文師)

最近、こんな漫画がでています。


The Zen of Steve Jobs


 知野弘文とスティーブジョブズの交流がコメディータッチで描かれています。


禅の教えがアップルのシンプル・簡素絶対主義といった美学につながった、



また、アップルの新社屋のデザインにもつながっているとか、いないとか。


だがジョブズは、全の禅の教えから必要なものだけをとり、去っていってしまった、



とか。




真偽のほどは疑問ですが、ビジネスとは無関係なこんな本が出されて売れるほど、



スティーブ・ジョブズは人気者(?)なんだな~と感嘆します。



2012年2月6日月曜日

曹洞宗と座禅



(座禅スタイルのスティーブ・ジョブズ)

曹洞宗がほかの禅宗と違うところ。


これは、座禅の目的。


曹洞宗では、座禅=さとり


 座禅修行をして悟りにいたるのではなくて、座禅が悟りの姿である。

とにかく座禅をひたすらする、その際に、こころはからっぽにする。


自分のなかだけを、なかを、みつめる。


超ストイックです。


こころをからっぽにするのは、とても難しいです。

スティーブジョブズは若いときから東洋思想に傾倒していたようで、


学生時代に友人と住んでいた家には、瞑想部屋もあったようです。


瞑想で心をからっぽにして、おのれを見つめる修行を積んでいたんですね。


そのわりに、なんというか、辛抱のないというか、


傍若無人なひととなりを示すエピソードに事欠きませんが、

この矛盾が、カリスマの魅力なんだと思います。


実際のところ彼がどこまで禅の教えを理解していたか、実践していたか、


あるいは体現しようと思っていたのか、謎です。


ただ、アップルの製品には、禅の考え方、シンプルこそ美しい、


といった思想が深く反映されている、という見方は多くあります。

ちなみに、ほかの禅宗の宗派では、臨済宗などが有名です。


こちらも座禅をしますが、こちらは座禅=悟りではなく、


悟りを得るために、考えながら座禅をくむ。


うちというより、そとにむかった座禅、といったかんじでしょうか。



曹洞宗について②

曹洞宗の特徴は、まず「禅宗」であること

ほかの宗派は、ただ祈れば救われる、南無阿弥陀仏というだけでOK


仏様に救ってもらうのをまとう♪


といった楽ちんなノリのものが多いのですが、


禅宗はちょっとちがいます。


他力本願ではなく、自力本願


自分で座禅をくんでひたすら修行することが大事なのです。


なんとなく、スティーブジョブズ向きな気がします。


彼が仏教に開眼したのは、アメリカで曹洞宗の僧侶に出会ったからですが、



きっと浄土真宗や日蓮宗じゃ開眼しなかった気がします。





曹洞宗について①


スティーブ・ジョブズが帰依した宗教は、仏教の曹洞宗。



曹洞宗とは、、、



鎌倉時代に、道元によってはじまりました。

このころ、日本は宗教ブームがきてます。


曹洞宗のほか、浄土真宗、日蓮宗、臨済宗、、等々誕生してます。


 それまでの宗教は、なんだか特権階級、つまり貴族や僧侶向けの難しいかんじのもの。


つまり寄付金や教養がないと、はいっていけないかんじ。



これが鎌倉時代にはいって、かわります。


この時代になりあがってきた武士や、農民たち向けの宗教が作られます。



ひとことでいえば、「お金も教養もなくても救われる」という宗教ができたので、



それまで宗教と縁がなかった庶民はとびつきます。




こんなに宗派ができたものの、いまの日本では多くが、



自分がどの宗派に属しているか、親族の葬儀にでるまで意識していないと思います。


ですが不思議と葬式は宗派にのっとってやらねばならず。



不思議です。